M蛋白とIFE(免疫固定法)についての質疑応答

 
 回答者:

 橋本寿美子先生

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Q1: IFE検査を行う際、試料を100mg/dLに合わせるというお話がありましたが、具体的に先生のところではどのようにそれを行っていますか。私たちは、尿を5、10倍程度に濃縮していますが、どのように思われますか。
A1: 尿の濃縮にはAmicon社のMinicon B-15(日本ミリポア社)を用い、低濃度は100倍濃縮を行っています。
中濃度の場合“水ぶとり君”(アトー社)を使います。
※1
血清での希釈方法ですが、たとえばIgGが800mg/dL程度である場合、8倍希釈(終濃度100mg/dL)で免疫固定を行っています。
 
Q2: ライトチェーン(L鎖)の違いで治療法が異なるとのお話がありましたが、結局IFEの臨床的意義はそこに行き着くのでしょうか。たとえば2本、3本とバンドが出現したときに、臨床側にとってはあまり興味の無いものなのでしょうか。
A2: 先ほど申しましたように、κ型であればメルファラン(抗がん剤)は治療効果が高いようですので、ライトチェーンを決めることは大変有意義であると思います。また、複数のMバンドの件ですが、2本、3本と出現することがあります。さらに多く出現することは、M蛋白の重要な臨床的意義である骨髄腫の類とは違い、自己免疫疾患等が背景にあることが多いようです。自己抗体を作っている可能性が考えられます。また、骨髄移植した時などにみられるM蛋白も、多数のバンドが出現している事があります。これは骨髄移植がうまくいっている、生着しているひとつの目安として見ているようで、M蛋白が出現することによって、この患者さんは骨髄移植が成功しているという判断をしているようで、当院ではこの目的で検査依頼が出る事があります。
 
Q3: 初診でのM蛋白の型判定、というよりは、CR(完全寛解)の状況を診断するために血清や尿のIFEの依頼が出ます。血清は良いのですが、尿の場合、濃縮の方法として当院ではビスキングチューブ(三光純薬社)に検体を入れ、ポリエチレングリコール(PEG)を用いて濃縮を行っておるのですが、PEGはドロドロとしていて取り扱いが良くないため、何か結果を出すために良い方法が無いでしょうか。また、尿関連の検査薬ではアルブミンに反応するものが多く、グロブリンの定量に対してうまく測れないのではないかという疑問があったのですが、特にγグロブリンを正確に測る測定系がございますでしょうか。
A3: PEGに関してはおっしゃる通りで、チューブをよく水で洗っても粘性があるために落としきれず、チューブから検体を出した時に同時に検体中に持ち込んでしまう事があります。セ・ア膜で泳動を行った時にPEGがスローγ位にあってM蛋白と見間違う事があります。費用がかかってしまうのですが、先ほど申しましたようにMiniconで濃縮する事をお勧めします。ちなみに尿の免疫電気泳動と血清(血漿)の免疫電気泳動は保険点数が違いまして、尿免疫電気泳動のほうが、点数が低く設定されています。ところがMiniconによる濃縮は、計算しますと1症例あたり約800円かかってしまいます。以前から思っているのですが、私達からしますと逆に尿免疫電気泳動法の保険点数は濃縮コスト分を高くしてもらいたい位なんですが(笑)・・・。それから尿のグロブリン関連の質問ですが、私共ではピロガールレッド法を用いております。
 
Q4: M蛋白と言うとシャープなバンドというイメージがありますが、IgAのM蛋白の場合、幅広いバンドである事が多い印象があります。それはどのような理由によるものでしょうか。IgAの構造にもよるのかもしれませんがいかがでしょうか。
A4: 最初に免疫電気泳動(IEP)の話をさせていただくと、判断が難しいかもしれませんが、M蛋白はM-bowばかりではなく、コントロールと比較して沈降線がスムーズでないバンドであれば、そう判断してもよろしいのではないでしょうか。また蛋白分画ではβ分画が異常に幅広い時があり、それはIgA型M蛋白であることがよくあります。ご質問の例はIFEですが、ひょっとするとその理由は抗原抗体比に関係しているのかもしれません。最適比になればバンドがシャープになる可能性があります。またその場合、実はバンドが2本あったという事もあります。
 
Q5: 10年ほどIFEをやっているのですが、当初は血清でのオーダーがあり、そこでM蛋白が見られたら次に尿のオーダーが出てくるという順序が多かったのです。ところがここ2,3年の傾向で、最初から血清と尿のオーダーがセットで出てくる事が多くなりました。私共の施設だけかと思いましたが、先程の他の方のご質問でもそのようなお話があり、ひょっとして全国的にそのような傾向があるのかとも思いました。これには何か背景があったからなのでしょうか。
A5: おっしゃるように当院でもその傾向があります。分子量の微細なBJPは血中にあっても糸球体で濾過されて尿中に出てしまいます。ネフローゼ症候群やアミロイドーシスでBJPが出るという論文があり、尿蛋白の動向調査をしたいのではないでしょうか。
 
Q6: 先程骨髄移植で移植が成功したかどうかの指標としてM蛋白の依頼があるという話がございましたが、当院では骨髄移植をやっているんですけれども、そういう先生方がいらっしゃらないのか、オーダーが出ておりません。検査側からそのような依頼を出すように勧めることができますでしょうか。
A6: 答えになっているかどうか判りませんが、参考までに私共の施設でのお話をさせていただきます。まず免疫電気泳動の依頼があったときにオーダーが無くても必ず蛋白分画を行うようにしています。それから免疫電気泳動に入ります。免疫グロブリンの定量は行いませんが、蛋白分画を行うことによって免疫グロブリンの大体の量が予想できますのでそれにしたがって希釈率などを調節します。私達の施設は特殊かもしれませんが、蛋白分画のオーダーが多いときで1日300検体ほどございます(光が丘病院、駿河台病院分が板橋病院に来て合わせての検体数)。出来上がったセルロースアセテート膜の、1枚30検体分づつを後ろから光を当てていっぺんに見ます。それを行うのは蛋白分画班の仕事ですが、ここで見逃さないようにみんなで張り切ってやっております。患者の年齢が40代くらいで小さなM蛋白であった方が10年くらい経って見ますと大きなM蛋白になり骨髄腫の症状を呈してくることがありますので、小さなM蛋白もちゃんと探しておくことは大切だと思います。そこで見つかったM蛋白についてあらかじめIEPを行いライトチェーンを報告しないで、ライトチェーンを知りたい時はオーダーして下さいと伝えます。すると大体オーダーをして下さいます。
 
Q7: 私共の施設では骨髄移植をはじめ、幹細胞移植を週1、2回は行っておりますが、あまりそれに対するIFEのオーダーは無く、骨髄腫判定でのオーダーがメインになっているようです。小児科の骨髄移植等でも蛋白分画で小さいM様ピークが出て来ることを経験した事があり、どのように判断すればよいか迷うことがあったのですが、先程のお話をお聞きして先生方に協力してもらって研究しようかなと今思った次第です。ところでそういった(骨髄移植での微量M蛋白出現に関する)文献はかなり出ているものなのでしょうか。またこれはM蛋白と表現してよいものなのでしょうか。
A7: 電気泳動学会誌の生物物理化学に抄録で、骨髄移植した患者でM蛋白が出現するという報告1)を私共から出した事があります※2。先生方はM蛋白というと骨髄腫とすぐ想像してしまいがちなようですが、これら微量M蛋白はB細胞の刺激によって産出されると考えられており、このような報告は大切な事なのではないかと私は思っております。またこれらをオリゴクローナルバンドとおっしゃる先生もいらっしゃいます。
 
Q8: IFEでバンドが中抜け※3を起こすとき、コピーを返しているんですが検査室としてそういったパターンを出すことに抵抗があります。それを起こさぬような良い方法はございますでしょうか。たとえば免疫グロブリンの定量値をもとに希釈率を変更したりですとか・・・。
A8: 私共の施設ではM蛋白血症全例のGAMの定量はしませんけれど、大部分は総蛋白量と蛋白分画があれば、免疫グロブリン量は大まかには計算で出せると思います。バンドの中抜けにつきましては、もしかしたらバンドが2本存在している事もありますので、やはり希釈率を変えてきれいなバンドを出すことが必要だと考えています。
   
※1 弊社では2006年より Prochem社の濃縮器「BJPコンセントレーター」を取り扱っております。
詳しくは「BJPコンセントレーター」をご参照下さい。
※2 後程日大医誌で「微量M−蛋白の臨床病理学的検討」にまとめられました2)
※3 中抜け現象:バンド中心が染色されずドーナツ状に染色される現象。一番蛋白濃度が高いバンドの中心部分は抗原過剰により、抗原抗体複合体を形成できなかったと考えられる。

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  ※参考文献:
1)佐藤雅志ら、:微量M-蛋白の臨床的意義についての検討 生物物理化学 32(5):p255(1988)
2)佐藤雅志:微量M-蛋白の臨床病理学的検討 日大医誌 50(3):p207-213(1991)


橋本寿美子先生の略歴:
    日本大学 医学部附属板橋病院 臨床検査部
 現 日本大学 医学部 先端医学講座 ゲノム探索 オーダーメイド医療相談室

この内容は2003年に行われた、株式会社ヘレナ研究所のテクニカルセミナーで橋本寿美子先生に講演して頂きました際の質疑応答を元に作成しました。

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